【アコーディオン、は】
畳むとエレアノーレの聖典のようである。しっかり閉じると蛇腹は縁取られた厚紙製の本そのものだ。表紙が分厚すぎるのはご愛嬌。
「アコーディオン……?」
実は演奏家はアコーディオンにある名前をつけて呼んでいたのだが、その子は、と呼称前提で問いかけられたのが何となく悔しくて、楽器の名称で答えてしまった。石積みの塀に座ってぺっぽうぽーと弾いていたところで、いまいち頭が働かなかったのかもしれない。声をかけてくる人間がいるとは思っていなかったのだ。
「ああ、やっぱりアコーディオン。あまりおれが見たことがなかったものだから」
「そっか」
このアコーディオンは演奏家の右の指がボタンを押すことで奏でられる。扱いが面倒で配置を覚えるまで長くかかるが、鍵盤式よりも多彩な演奏ができる。演奏家の持ち物であるこの子は左にもキィをもっていて、はじめはやはり意識という意識、左右と数字、上下と曲げ伸ばし、を絡まらせていた。
誰もが通る修練の日々を旅人は肯定ののち流し、ボタンもボタンで面白そうですね、と言いながら小石を蹴りあげて甲に乗せる。ぽんぽんと爪先が丈夫にできている革靴の上で跳ねさせるのを五度は続けず放る。
唐突な行動をチラチラと見ながら畳んだアコーディオンをケースに戻して蓋をした。
「今日はおしまいですか」
「仕舞いだよ」
「弾いてもいいですか」
「何を」
「ピアノを」
ピアノを。ポケットからビスケットを取り出すような気安さでザックをひとつ背負った旅人、は。
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