ふと天都風ネタ。
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君は去る。夕影が射しこんでいる。格子窓に嵌めこまれた硝子には不出来な筋が入っていて、まっすぐな影をいびつに歪めていた。
雲は、出涸らしの紅茶に馴染まない牛乳のように流れている。かき混ぜようかと手を伸ばしかけ、硝子の面に指を突いた。
「痛……」
西の城に夜が降ってくる。東の宮には暗が降っているだろう。陽射しは遠く、闇の灯りはなお遠く、何という空だろうか、と霞んで見えない天を仰いだ。
秋の長雨よりも静かに、なれど夏よりも危機的に、この気鬱のまま雨が降っているような心地がする。いっそ知らぬ間にこの国を斃してしまえばよいものを。いっそこの首をかき斬って、高らかに告げればよいものを。
夢は天上へ上ろうとし、叶わず、やまない雨となって返ってきた。夕日の翳りゆく様を眺めながら、降り続く雨水を汲み上げる術に思いを巡らせた。忙しなくてため息ひとつもつけやしない。
硝子を透けて届けるよう、もう一度手を伸ばした。
大量の雨水が、潮が引くように去っていく――津波となって襲い来るために。
「まだできる」
やれることは残っている。逃げ水を、堤防を、大きな柄杓を、まだあがける。
君が去る、海となった水を留めようと手を伸ばす。君が大波になろうとするうねりに手を伸ばす。西の城を楔にして精一杯の手を伸ばす。
ノックの音で振り返った。入れと命じ、椅子に掛け直して指を組む。
「帝皇、北がやはり」
傅いた彼は、ただその言葉を告げて黙りこんだ。
椅子にある帝皇の肘が触れる書類の山には、形のなっていない文字がばらばらに散らばっている。どれも異なる筆跡で、されどどれもがこの雨水をインクにして書かれていた。円形を描くもの、ひたすらに名が連ねられたもの、名よりも言葉を尽くしてあるものの多くは、山がちな東や北からつい先頃届けられてきた。
「ご苦労。……ついに」
この国の果てまで波がひききってしまった。
「では、まだ残るやれることをしに行こうか。徒に巻きこまんよ。白琳の王冠にかけて。天都双鳥の国にかけて」
人心が去る。カイカノンの帝皇は白玉でできた冠を外して立ちあがった。
「東の帝皇と西の帝皇、中の柱に宝鏡を。息子らを呼べ。……赤子まで呼ばずともよい、祀りごとができるとおまえが知っている者を三人連れてくるがよい、結解の」
帝皇は、結解が深く礼をとって連れてきた望み通りの人物達に問いかける。
「西と東と中津島、何処で結界の礎となるや」
「西」
「東」
「中津島」
揃った返答に深く頷き帝皇は、諡の相談も頼むと言い残して、ごく小さい波が寄せてきた中庭へ降りていった。
君が去った赤い影を雨が流してくれることはなかった。
…………………………
暴動とか一揆とかをそれっぽくなく書いてみた。
【あめつち】の少し後のカイカノン。
この帝皇の物わかりがよすぎるのは、雨の本当の原因をそこそこ知っているから。
というのと、おまえら人柱になって来いって告げたひとなんだからそれっぽくいてくれ、的願望。
願望が走りすぎて、まったく描写してない気がします。
気がする、ではない。確実に、してない。
はじめの君は昔、次の君は民衆、最後の君は君主で是非。