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    ぽったくりのったくれ

     隔離ー。






    …………………………

     返して……返して……。
     波の音が聞こえる。砂を打ちあげる歌、細かな泡が破裂して消える末期の声、海風は泣く――夢の中で。返して、返して、夢を返して、波を返して、海の言葉が夢を運んでくる。
     叶わない夢。
     どうしようもない夢。
     だけど望んでしかたなく、今でもその濤声が耳に響いている。
     先を歩く父の背越しに見あげる昼の空は波のよう。雲が疾く疾く過ぎていく。アスファルトの匂いが湿り気を帯び、ごう、と街路樹が大きく揺らいだ。上層の雲は泡のように白い。急速に天海のどちらにも鈍い灰色がさしこまれていく。


    …………………………

     大丈夫だ、きっとここは。
     大丈夫だ、彼がいるかぎり。
     この時代は壊れない。
    「――もり――な――」
     電子と空気の鳴動の狭間で幾人かの声を聞く。
     とりとめなく浮かびあがるような、ノイズが一瞬だけ晴れるような。
    「森鳴っ」
    「も……りな――だよ。もりなは」
    「森鳴っ」
     右手を伸ばしながら目を開けると、すぐに翠に光る漆黒に視界が覆われた。草を擦りつぶして密に混ぜた香りが鼻孔をくすぐる。眼前の髪の一房から、その衣から、頬に伸ばされた指のうすく浅い皺の間から、深緑や茶緑の草の匂いがした。
    「気づいたか……?」
     漆黒は呟きながら遠ざかり、格子模様の扉を開けていくつかの名前を呼んだ。駆けこんできた女の声が額に当たる。


    …………………………

     離れの一室に通され、至極当然のことながら待たされる。和式の礼儀をしっかりのっとった家らしい。
     掛け軸を解読して時間をもたせるのに飽きたころ、先程案内をしてくれた少年が苦々しい顔をしながら障子を開けて入ってきた。茶托にのせた碗を置き、どうぞ、とためていた息を吐き出す。
    「もしかしてお茶がきらいなんですか、聖くん」
    「お茶はたいがい好きですよ。でもこれだけは許せないんです」
     問う要に曖昧に笑み、例外処理です、と茶から離れて正座する。
    「今しばらくお待ちください。あ、梅昆布茶、飲んでおいた方がいいですよ」
    「飲んでおいた方がいいってなんでだ」
     どうぞ、ぜひ、よろしければ、の音とともに茶が出されるのはよくあることだが、した方がいいを聞いたのは初めてだ。客と応対するには幼い少年の言葉の綾なのかと互い棚に向けていた視線をずらすと、
    「いい、としか申しあげられません。……要さん、話してないんですか」
    「住所変更届とだけ」
    「……ご愁傷様です。でも、この屋敷になじむ方なら平気でしょう」
    「適度になじめない人は危険ですからね」
    「何も感じないでなじむ人は論外ですが」


    …………………………

     幹につこうとした右手の先がすっぽ抜け、勢いを殺せないまま枯れ草に転がった。
    (――あ)
     服を裂くほどの痛みはない。無理に着こんでいる甲斐があるというものだ。
     赤銅の覆いが、がらん、と鈍い音を立てる。なんの遮りもなく――音を吸収する肉も脂肪も反響させる骨もないのだから、耳に届いて、眉をしかめた。
     また、忘れていた。
    「大丈夫かい?」
     木の陰から声だけがさしのべられる。
    「ご心配なく。いつものことですから」
    「あ、片腕……。そうか、だからバランスが悪いんだね」
     しげしげと見下ろしてくる。見ているだけ、か。麻結は内心で舌打ちし、勢いをつけて立ち上がる。はたはた、と動く左腕で衣をはたき、裾を整えた。
    「いきなり見透かさないでください。これでも隠しているんですからね」
     巧く均衡がとれない。片腕を失ったのは昨年のことだし――起きあがって動けるようになってからは半年程度。まだ利き腕があるつもりで動いてしまう。
    「その布だね」
     木の向こうから声がかけられる。
    「見れば、解るとおり」
     はらり、とはためかそうとすると、
    「やめておいた方がいい。意味が一重とは限らないし、二重程度とも思えない」
    低い枝分かれの間を縫って手が差し出され、布を上から押し留める。
     ごまかしと防護の他に、何の意味があるというのか。背を幹に預けて、ぼんやりと空を見た。蒼穹は秋晴れの鮮やかさ。
    「気をつけなさい。あんまり視力がいい方でもないだろう? ちゃんと足許を確かめて歩かなくてはね」
    「ご忠告、痛み入ります。……如何して、視力まで見透かすんですか。こっちを見てもいないくせに」
     一度は業火の中を通り過ぎた目だ、以前より視力が落ちている。良すぎたせいか、手当がよかったからか、それとも、何かに庇われたか。幸いに、失明には至らなかった。
    「さて。僕に見えないものはない――それだけのこと。たいしたことじゃないよ?」
    「何かを見ても、黙っている美徳というものがありませんか……?」

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