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【ある朝に】
何度も、止めた。
前線に行くだとか無茶を言い出すから、襟首捕まえてロンドンに留めた。
彼を止めるのは自分を止めるように困難で、それでいて。
冷めた紅茶を口に運び、かすかに震える手でゆっくりとソーサーに戻す。
(言えたら)
(俺も言えていたら)
そして遂に、止めきれなかった。
アーサーは返された王冠を指で弾き、遠い港を眺めやった。
相変わらずの薄曇りで船の位置こそ見えなかったが、彼が今微笑んでいるのが解る。顔を見合わせて笑いあっているのだと確信できる。
これまではふたりの姿を見るにつけ、苛立ちばかりが募っていた。どうしても言えない言葉が喉に詰まるのが自分だのに、彼は――迷いなくその言葉を世界に告げ、躊躇わずにとびこんでいった。
ねたましく。うらやましく。談笑する横顔に重ねるのはかつての弟であり、離れていったひどい相手だった。
(アルフレッド)
不思議と重ねた、船影が去っていく。そしてアーサーが得られなかった海路を進んでいく。
彼と最後に交わしたいくつかのやりとりを思い出していると、妙な考えが霧にまぎれて浮かんできて、アーサーは慌てて首を振った。
(アルフレッド)
何度首を振っても夜を明かして、あの眼鏡が振り払えず、瞼の裏に居座っている。
(いや、言えるか! 無理だ、言えるか、言ってたまるか!)
半分ほどしか減っていなかった紅茶の残りを一気にあおる。
『――愛する人の助けと支えなしには』
船はそう言い残して霧の彼方へ向かっていく。その海があいつのところに続いている。
「あいするひとのたすけとささえなしには」
(あいするひとのそばでともにいなくては)
ガチャン、と乱暴にティーカップを戻した。
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好きなようで、きらいなようで、でも好きな言葉です。
アル朝アル。が好きですが、こうして離れてじれったいしているのも好き。
戴冠していませんが、名前出さずに地位を出すにはこれが一番楽だったので、採用。
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