屋敷は春の陽ざしの綺衣をふわりふわりと幾重もまいて、たまごを守っているようにやんわりと建っている。うすく霞む山の端が空になじむようにして、ずっと昔からここにあると笑んでいた。
絵の具を指で溶くような、画用紙の上で混ぜるような、完全なにじみの上にかすかな違和の跡を残して。
「宗家」
少年は屋敷の主を呼ぶ。
「水仙はやっぱりもうおしまいですね。温室育ちのスイートピーもすっかりくたびれてしまいました」
「温室育ちというのなら、次の株があるのだろう?」
濡れ縁に座り、てのひらの上で玉を転がしていた男が振り返り、庭を仰ぐ。
「それはもちろん。絶やすつもりがないんでしょう。園芸業者というのは夢見がちで無粋です。今は枝ですよ。裏の梅をもらってもいいですか」
「かまわないよ。けれど花瓶はどうしようか」
「黒いのがいいですね。あの、底が深緑の、少し縦に長いまるいのが」
なめらかなガラスとまごうほど艶やかに澄んだ不透明の瓶の下には、
「ああ、ススキを活けた花瓶だね。一番広い抽斗のなかによい紙があるから、よかったら敷きなさい」
それがきっといい。はあい、と少年は軽やかな声で返事をして裏庭に駆けた。
「時を調え――」
宗家の声はよくとおる。雲の切れ間から射しているように、それであるとすぐわかる。春ながら、それでも際だつ光の色。万物明るく、そのためによく見えなくなる光だと。
「時を調え……」
はさみで枝を切っていく。
ひとつの節目だと思う。義務教育がじき終わる。一応今月末まで中学に籍はあるがその刻限も近い。内部進学、中高一貫その言葉でずらしても花が季節を終えるように。
一斉に花開きそのままであることは多分ない。
春のかすみの光で守っても、たまごはいつかひび割れる。
ぴんぽん。
「客……? あ」
手紙が、そういえば来ているから、今日はお客が来るんじゃないかな、と宗家が言っていたのだっけ、と春休みボケした頭を叩く。
梅の枝を腕に抱え、表に回って閂を外した。
「わーいい香りですねぇ」
ラバーナムの花に似たゆるく波うつ髪の人に礼をとる。
「お待たせいたしました、要さん。ご案内します」
そして顔を上げ、後ろにいたふたりと目があって息だけでうめいた。
割れる。たまごが。秋に隠したっきり忘れていたドングリの種から芽が出るみたいに明らかに。
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