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    夢に見た光景の話

     彼女は逃れねばならない。生き延びねばならない。幾度目になろうか、門番はそのように思う。
     草色の外套がたなびく背後では、高床の回廊が幾多の亭と亭をつないでいる。門にやや近いところにある大きな亭に、おおよそ軟禁と呼ぶが相応しい様子で、先の主の子が暮らしていた。先帝の存命中には男御子と混じって駆け回り、門番が最後の止め役になっていたものだが、今ではもう望めまい。息を殺すように生き、門の外に溢れ始めた害気から身を隠さねばならなかった。
     門番には専用の刀が与えられていて、門の脇に立て掛けてあった。もちろん、門の内で振るうことは火急の事態を除いて許されない。手順どおりに操作して、鞘の鍵を解かねば抜き放てない刃であった。それも最近は外しっぱなしになっている。
     風に乗って朝の気配が広がってきた。一際強い風が吹いて木の葉を浚う。何事もなく明けることを祈りつつ、そうはならないことを予感していた。
     刀を手に門の前に立ちふさがる。さしものあの者も手勢を引き連れての暴挙には至れなかったらしい。腹心の女一人が横から差し込む日の明るさを憎むような身振りとともに現れた。回廊を渡らず、定められた道に沿わず、正規の在り方を真っ向から捨てて、ついに来たかと腹に力を込めた。もともと立ち入るべき身分も由も縁もないものであると阻んできたのは門番らの一派である。左右二名の守人が己一人に減らされた時から覚悟していた。
     とまれ。何人たりともこの先に踏みいることはならぬ。ましてや踏み荒らす心積もりの者などは。
     彼の者の来意を確かめ、外の庭に降りる五段の階段を一歩ずつ踏みしめた。


     留まらねばならない。されどこのままでは早晩事態が進み、生き延びることは叶わなくなろう。生き延びねばならない。かの宰の思惑の通りにさせてなるものか、と宮は思う。
     父帝がたおれられた晩より、はや次は、私の後ろ見はとの議論ばかりを宰への遠慮とへつらいを混じらせつつ白熱させていたものどもばかりが外朝にいるのである。
     忠実なる者といえば、父帝以前の御代に癇気に触れたか一門が罪をなしたかで処罰され、なお残った者や古くから仕える奴隷ばかりで、数多くはあるけれども権は乏しく、門を閉ざして防衛するのみとなっていた。
     不出来な己ゆえ、父帝が儚くなられた段で逃れる機敏さがなく、こうしてずるずると時を引き延ばしていた。流石にあの者も焦れる頃だろう。
     逃れねばならない。それが僅かに残る信を置ける者達を振り捨てる行為であろうと。
     走らねばならない。まだ夜の帳が明けぬ間に。
     高き塀は越えられずとも、衛士を出し抜くことならばできる。何度挑んでもとめられた門番もすり抜けて、外朝の水路を通す塀を越えて出られれば、この凡庸な見目は数多の子どもに紛れることだろう。
     あの門番の背中の目からさえ逃れられればきっと。
     庭は走り慣れた道だった。手抜きなく掃き清められていることも知っている。回廊の下は潜むにもってこいの場所で、汚して擦りきれ傷も作った服をまとえば、床裏にはりつきながら移動することもできた。久しぶりに足の指の間に玉砂利が挟まる。
     足音を風の声に紛れさせて、一気に距離を詰めた。門の床下に潜んで様子を伺っていると、門を守る彼は階を降りて、何者かに刀の鞘を向けていた。あれは簡単に抜刀できない。鞘に収めたままとしても誰かに突きつけるとは考えにくい武具であった。不逞の輩が後宮に押しいるだとか、叛徒が現れただとか――彼が武器を手にしていることすら、幼い宮にははじめての事柄だった。


     刀身に薄白んだ霧が映りこむ。長く息が吐けるのはこれがしまいか。背後の気配は、他の誰が見逃そうと決して門番が過つことのなかったものだ。
     彼女は逃れねばならない。守としてあり得ざる文言が脳裏を掠めた。逃がさなくてはならない。常の勤めに反して門番の理性の上に重なっていく。だが、どうやって。門の守には己がおり、差し向かう相手の鋒も既に熱波とともに駆けるばかりになっていた。
     宰の腹心を通せば今この時を凌げようが、それで稼げる時は幾ばかりか。ひと度通した後こそ恐ろしい。
     ならば、走り去る宮に気づく暇も与えまい。背後の気配が身動ぐのを認めると、魂駆けのごとき速さで霧を断った。

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