吹雪のはてが見えた気がした。
どれくらい逃げてきただろう。背中に南風を感じなくなって、ヴェガの鞍に乗せた荷物が軽くなって、僕がお腹に手を当てるようになるまでに。手のひらのしたで、きゅるきゅるか細い音を立てていた。早足でくぐり抜けた門を数え、気をまぎらわせる。
苦かったり甘かったりするのを、アマーリアがどこからか持ってきて、冷めっぱなしの鍋に入れた。セイルが星を頼りに先行きを調べてくれたのは、どの夜が最後だったろう。昼も夜も白く白く凍えて煙り、彼が青目を凝らしても闇色すら見いだせないようだった。
まさかこんなに寒いとは、と上着をかきあわせようとしたけれども、かじかむ指ではうまくいかない。着なれた服は陽射しのもとで涼しく過ごすための布で、このあたりにはやはり合わないらしかった。草木のかたちが変わっていったように、纏う衣を替えることができればよかったのだが、硬貨が使える市には、セイルの家名だのアマーリアの悪評だのカティナの妹が牢に入れられただのの文字が壁にぶつかる度に一行を凝視してくるのだった。もしイーリスがいなかったら、ヴェガが僕らのお腹におさまるのはもっとずっと早かったろう。硬貨が通じなくなってからは、求めるものが増え続けるというのに手放せるものに乏しく、ついには年嵩のひとりが列を離れるまでになってしまっていた。
あの日別れた老ティンダルはご無事でいらっしゃるだろうか。都で道を変えたマグリットも暖かい国に逃れられているだろうか。
アズール…は、と思わずアマーリアの横顔を覗き見る。いち早くことを知らせたのはアマーリアだった。あの地区で逃げ損ねた者がいない理由はアズールとアマーリアが呼びかけたからに違いなかった。もう会えないせいだろうか、まだそれほど時が過ぎたわけではないのに懐かしく思い起こされる。
彼らにひきかえ、僕とセイルが教会に気づいたのは本当に間際になってからだった。慌てて老ティンダルを馬に乗せて、荷をヴェガに積んだ所で踏み込まれ、間一髪馬の脚力で振り切ったようなものだった。僕だけでは、老ティンダルを連れ出すことも出来なかったかもしれない。
「寒いわね」
「いいえ、アマーリア」
「でも」
震えているわ、とアマーリアは一行で一番丈夫に織られた硬いマントを広げて自分と僕を包む。都の郊外で夜露をしのぎ、枝のとげを返し、薬草の篭代わりになっていたものだった。どことなく苦みを覚える香りがたちのぼる。
「……少し弱音を言ってみても構いませんか」
「老ティンダルの養育のたまものだわね。あなた、もう少し子供でいられたのではない?」
お腹がいたむ。背中に響く。確かにこの物言いを陰口の種に使われていた覚えはあった。
「世界の果てまで来てしまったのだと改めて思います。いずれ果ての岸壁を上り詰めましょう。そうならずともいやはての水際に下り着いて、必ずや窮することでしょう。星を読むにも、時期の悪さを否定できません。覚悟を決めるべき時が訪れたのではないかと、煙が僕の心に漂うのです」
駄目ですね、とこぼす息も凍りついていくようだ。
「ギィのこと以来、どうにもいけませんね」
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