「紫苑、なんか携帯」
男性の指の節にちょうど角があたる機器が規則的な明滅をしだし、あれ、と早弓は目をしばたかせた。早弓が寄り付かない一因であるが、この家敷では庭でもどこでも基本的に圏外になってしまう。
高校入学を機に買った、否、気に入らない校則があるけれども買わせた一品であるから、掌中にあって当然というほど手に馴染んでいるものだ。使えないなんて不便でしかたない。
その使えないはずの、そして家主が必要としていないものがきっちりしっかり動いている。
「なんか受信してるんすけどー……いいの?」
「いいんだ。何て言うか、その……見たくない」
引きこんだ手前何度も様子見に来るうちにすっかり見慣れた風情で、紫苑は足つきのソファに身を預けていた。
空気のクッションがあるかのように体を少し右に傾ける。
「何か出てきてしまいそうな気がするだろ」
「ユーレイ?」
さらに傾いだ。
「黍野はそれ平気なのか」
「あたりまえじゃない。前世も先祖も怖くなければ恐くないもの」
「そう、かな」
「知ってるから、わたし。彼岸からいつも声がするの。お祖母ちゃんが、それがあるのだって言っていたわ」
「信じているんだ……?」
「信じきれないから怖いのよ」
「おれは……黍野、塾は」
「毎日は行かないわ」
「数学?」
「ううん、現国、ライティング、それからただの模試」
「夢みたいだね」
「夢みたいだわ。だから多分、わたし」
片桐が何を口走っても笑って応えるだろう。
ギィ、と栗色の扉が開いた。
「お茶がはいっています。如何しますか、ふたりとも」
「いただきます」
「飲んでく。お菓子なぁに?」
「駅前のシュークリームです。シューがやわらかくならないうちに食べてしまいましょう。早くいらっしゃい」
「はーい」
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