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【追懐】
目覚まし時計より先に、階下の親機と階段横の子機がリンリンけたたましい音を発した。
子機の一拍遅れが平行カノンのようで、午後であれば楽しめたのにと溜息をついて起きあがったところで音が途切れた。父親がとったのだろう、階段の方でぼそぼそと話す声がする。
目やにで貼りつきそうになる瞼を開けて、ベッド脇に置いた時計を眺めた。まだ六時にもなっていない。ずいぶん非常識な電話だなと目を閉じる。夏休みなのだ、部活もないし登校日は明後日、昼までだって転がっていられそうな気がする。宿題の追いこみを始めて、床に入ったのは日付が変わってからだった。
もう一度寝よう夢に戻ろう、とタオルケットを掛け直して、汗を吸った布団に突っ伏す。
「聖、起きているか」
とん、と呼びかけと同時に軽くドアを叩かれた。時間が時間だ、起きていると期待していないのか、聖の返事を待たずにドアノブが回る。
「なに、父さん」
「起きていたか」
ドアが薄く開かれる。子機を握りしめた左手が見えた。
「コールで起こされた。なんだったの、オレに用事?」
「直純君の」
思いがけない電話の主に目をしばたたかせた。目やにをぬぐって立ち上がる。机に置いた携帯電話を見て、電話どころかメールも受信していないことを確かめた。
「あいつが、朝から? しかも家電?」
問いながら大股で距離を詰める。ドアを全開にして手を出した。もう通話状態が切れていた。
「近所の方が代理でね、ここには回覧が回らないから電話で教えてくださった。義高さんが亡くなられたそうだ。――すぐに支度ができるね? 直純君を頼みたいと」
「本当?」
思わず寝起きの眉間の皺を忘れた。先程まで閉じようとしていた目が意識もしていないのに開ききる。
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