毎年この時期は、まあ、これを連想するわけで。死に神とか連想するわけで。染みついていると認識しつつ、どうしてこの作品を書く気にはならないのだろうな、と思ったりするのです。
では、SSです。鏡籠もり月紗です。
【どんなときも】を書いた直後に、いい度胸だと思います。
……………………
夜の森は美しく。乱立する光帯びた樹がまばゆい。
携帯電話を片手に視線を巡らせ、ほんの少しの間だが夜景を楽しんだ。
空は藍染めにほど遠く――目の前の男の力にやや馴染まない。完全なる好機。飛翔の力を有するとはいえ、夜と呼べぬ夜の森では叶わない。
電車で二十分程度の移動で、彼を追い詰める場所になろうと、誰が解るだろう。飛ぶ彼の障害がビルの屋上であるなど、誰が思うだろう。
だが、確かに、潜むことを課している彼には明らかなる不利。
脆弱の過ぎる魔術師が、人の世に、科学の世に押しつぶされぬためには隠れる他がない。
「許そう――怖れも抵抗も」
そう言いながら、一歩踏み出した。彼は鏡を抱き、一歩後退する。光を手にした闇の魔術師は、傍らの少女の手取っている。それを頼りとするように、そこから力が湧くとでもいうように。
「弱く幼き者よ。記憶ばかりは年老いた、力なき魔術師よ――処断の前に、私は許そう。生き存えるために騙し、生存の可能性を模索し、ついに得た愚か者。そなたの本性のままに逃れるがいい――生存の道をこの場においても探すがいい。私は、許す」
大気より水を捻り出して、語りかけた。
許そう。伴に笑いあった日々は、この身にとっても善き記憶であった。
友として、強者として、彼のあがきを許そうではないか……。
「チェスティ・ツァンテデシ……降臨したか」
チェスティは呟く春日陽澄を見据え、捻り出した水を形にする。小さな風鈴を取り出し、鳴らした。風鈴が展開し、核結武具として織式を連ねる。
『Set up』
りん、と鳴る音は文字を数種吐き出し、『Dietsch』と最後に鳴った。右手には起動した武具、大剣がある。
「我が剣から、逃れることを試みよ。そなたの生存を奪うのだ。あがいてみせよ、人として」
騎士服を纏う分の時間をやろう、その間に講じるだけ策を講じ、実行してみせろ、と笑った。
「行くがよい――春日陽澄。玖堂の力を使うも自由。このまま斬られることを望むのならばそれでもよい。できるのならばの話だが、私から携帯電話を奪うもよかろう……それだけでおまえの存命は確定する」
電波を通じて、絃を繋いでいる。
讃界のチェスティ・ツァンテデシから伸び、起源の世界で折り返した絃が、今この身――西村香澄に繋がっている。伴に起源に操られた紙人形でありながら、繋がりゆえに支配が成立する。協調、協力の体制は、常に影響と浸食の体勢であるのだ。
協調と影響を、協力と浸食に切り替えるスイッチたる携帯電話さえ落とせば、この神は西村香澄にとどまれない。再び乗り移ることは可能だが、その隙を逃すほど、春日陽澄に抜け目のあるはずがない。
「急げ。逃走者。そなたの逃亡の性質にて、そなたは駆けろ。潜め。深森の闇。そなたの同化の性質にて、そなたは馴染め」
「――言われなくてもっ」
ば、と背から光の羽をはやし、彼は飛んだ。
「羽撃たくか……潜伏を捨て、逃避の性質を取ったか」
ビルの屋上から空に身を躍らせ、春日陽澄は逃れにかかる。抱きしめた少女の体は逃走には重荷――されど、離せば羽の維持はできない。
チェスティはゆっくりと端まで歩く。光は飛ぶと言うより滑空。羽撃たかずに強風に乗って滑っていく。
辺境の騎士を出自とする神は、獣を追いかけることを得手とする、否、彼自身が獣。司る力の名のままに、感情深く獰猛だった。
鳥を狩る。その意識があれば追えぬ敵ではない。既に騎士服は編み上げられ、戦闘の準備は整っている。
「嫌だ――」
あとは脳で響く声を止めるだけ。
「止めてくれよ」
だがこれも職務。世界の敵は――その選択以外がない者は、讃界に籍を置く以上、排除しなければ。
「友達なんだ」
知っている。人としての彼を惜しむ気は、チェスティにもある。だが、讃界の役人、水の頭にある者として狩らねばならない。
「理解しろとも納得しろとも私は言わぬ。だが、受け容れよ。他の道があれば私は殺さない」
通話状態の携帯電話を騎士服に挟みこむ。
「許し、受け容れろ――しかし祈れ。許しは私の性、祈りはそなたの性質だ、西村香澄」
そうして彼も跳躍する。ビルから飛び降り、水は水を走る。大気の中の僅かな水を踏んで、跳んでいく。闇の光を追いかける――原始の記憶を持つ狼を追いかける。
これが狩りでなく、何だ。
力の差を有しながら、戦闘と呼べるはずがない。微かに怒りを覚えるが、武王の彼は止まらなかった。
司るは激情。水の示す力は激情。
チェスティ・ツァンテデシは――濁流のごとく、駆け降りる者だった。
……………………
鏡籠もり月紗。
終決ルートのひとつ。番外編だとでも思ってください。
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懐かしいですね!!当時一緒に盛り上がりましたね!!(笑)
未だに2番の人が好きですよ(笑)
反応せずには居られなかったので、つい(笑)