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【ツメキリサメ日和改稿】
視線が痛い。
小学生から大学生、教員に至るまで、雨上がりの快晴だというのに視線の温度が氷点下を示している。
「ひどい。俺がいったい何したってんだ。別に今日は学ラン着て来ちゃったんじゃないぞ、ちゃんと夏服なんだぞ。服に穴あいてないし、サンダルじゃないし」
と言いつつも、温度の低下を招く理由はわかっていた。びっちびち、という、中学生の小脇に抱えられるにあるまじき音だ。空気中で聞き続けるにしても、おかしい。
「あああああ、もう」
無駄に「あ」の字を連呼して、動くな暴れるなびちびちするな、と叫ぶ。それすらも衆目を浴びる材料なのだが、言わずにはいられない。
零度以下の視線が、千を越えないうちに離れよう、と正門から外れた方へ小走りで行く。
授業はもちろん、部活すら中高一貫であるために、無闇やたらと広い部室棟の窓から滑りこむ。
入り口で学生証の認証が行われる、といっても窓から入ってしまえば、履歴に残らない。窓枠の警報機も鳴っていない。設置された翌月だかに先輩が外したらしいので、当然だが。知る限り、この窓に鍵がかかっていることもなかった。
進学して一年と二箇月、すっかり慣れた足取りで目的のドアまで歩いた。男子バトミントン部に伝授されている非公式の鍵で開け、中に入る。
ほっと息をついて小脇に抱えていたものを机に置いた途端、
「やあ香澄、朝練に来なかった理由を六十五字ちょうどで述べてもらえるかな」
始業チャイムとともに、小学校時代から聞いている声が聞こえた。
「へ? 朝練は自主参だろ」
やりたいやつは勝手にやれ、が男子バトミントン部が持つ座右の銘だったはずだが。
「いや、それより何でヒズがいるんだ」
ごく自然に鳴海聖はパイプ椅子に座っている。時間厳守の人間が、どうしてここにいるのか、まったく見当がつかない。注意する理由もわからなかった。
「後ろの疑問文含めても文字数足りない。やり直し……おい、携帯使うな。禁止だろ」
字数計算に携帯電話を使おうとすると、鮮やかな手際ですり取られ、すぐさま電源を切られた。終了音に代わってやや激しいバイブレーションが、ふたりしかいない部室に響く。
「携帯くらい、いいじゃんか」
「だめだよ。禁止されるには禁止されるなりの理由があるんだ……」
危ないところだった、と言いながら、聖は携帯電話を香澄に放り投げる。
「メモはそんなじゃないけどさ、絶対、と言い切れないよ。ねぇ、香澄。また繋げる気なの? 奇異の目で見られたくらいじゃ、こりないってわけ」
繋げるって、何を、と床と親密になる寸前だった携帯電話を見つめる。幸い、傷は増えていない。
まったくもってわからない、と肩をすくめて両手をあげる。聖は、ちょっと驚いて目を見開き、一呼吸後には、宿題を存在からして忘れていた生徒を見る目をして苦笑った。
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陽羅より。多分十枚用の、1600分くらいです。
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