…………………………
【夜啼鳥】
きっと、このひとつが原因で、どうにもならないほどの失策をしてしまうのだろうと思っていた。
「ああ……見つかってしまいましたか」
夜啼鳥が樹上から。身を竦ませて、苦笑う。逃げおおせるものとは思っていなかった。いつ見つかっても不思議ではなかった。
覚悟はいつだってしていたけれども、鳥の声を怖れていた。
昼夜を見通す禽の目に、見つかることを怖れていた。
恥じいる必要はない――。
禽が歌う。それは持って当然の恐怖だ、と。
「――聖っ」
ベッドに横たわっていたはずの少女が勢いよく身を起こす。世界を越える強力な介入で、かけた呪が解けたか。
「禽の声……余計なことをしてくださったものですね」
朝まで目覚めないようにかけた呪まで取り祓い、鏡の向こうの樹の上で、禽は歌う。
窓の外で鳥が歌う。
『術で子供を眠らせるか、鏡の子』
術を放つか、鏡の子――。
「そうしなければ、このお嬢さんは寝ついてくれませんのでね」
鏡のこちらとあちらで鳥と禽が声を合わせる。愚かしい、愚かしい、と常々彼が術を使う自らに向けていた言葉と同じ音を。
術を使わなければ良かったろうに――。
『古カイリ式の識式がなければ、気づかなかっただろうに。盗人よ』
何とでも言うがいい。元から予感はあったことだ。
「それで、なにか? 鳥を介して声を伝えることで手一杯の鳥の王。この子の扉がなければ介入もできない鳥の王。起源を知るか知らないかでは、僕とあなたは同等でしょう」
『なあに、鏡を取り戻したいだけだ』
「やはり……そのお話ですか」
盗人と言われるからにはそれしかない。逃亡者と呼ばれるのなら、他にもいくつか心当たりがあるが、持ち逃げを働いたのはただの一度だけだ。
「けれども……歌う鳥の王。この身を取り巻く呪詛を関知なされますか。この身と僕は別で同じ、結界ほどに幾筋も絡まった、この子は鏡を返せますまい」
我ながらよく舌が回る。恥じいる必要のない恐怖と直面すると、かえって肝が据わるものなのか。それとも安堵しているからか。
本能が持つ恐怖――を、鏡を通しては与えられない、と信じている所為かも知れない。
『解っておるよ。そなたが、そなたであっておまえであることくらいは見える』
…………………………
名前もなく形もないものと、鳥の王。ついでに王子。

PR