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【全肯定のための全否定】
彼は捨てた。彼は彼が受け取り、纏わりつくことになっていたそれを捨てた。
どうということでもない。
彼はもう、自分がそうそうのことでは死なないと思っていたし、死んだとしても、若年者の突発死などよくあることだ、と了解したからである。
彼はようやっと受け容れる気になったと言い。
彼は何者かによって生かされることを疎み。
彼は何者かの鬱陶し過ぎる気質を憎んだ。
結果、彼は決別を選んだ。
ということに決めたのは、生来病弱な彼が、自家用車に乗せられて走っている途中のこと。
おともだち、の家に向かう途上で、ブレーキペダルが目一杯踏みこまれたのとほぼ同刻。後輪が浮いて左に振れ、前輪は固まって右に滑る。
生来病弱なはずの彼はその衝撃に耐えかねた。
が、彼の延命装置として働いた、どこから得たのか知れない保護――治癒、とも似ている力が彼をこちらに、強固に留める。
この程度では、もう死ななくなった。だがそれでも、怪我のひとつはしたはずだが、シートベルトと「それ」の重量が衝撃によって飛ばされる運命から遠ざけられた。
(……また)
自己の意志とは知れないところで生き延びた。人為によるものではない。何かによって生かされた。それが酷く口惜しいのはこの俺だけなのか、と幼い彼は思った。
が、今はそれよりも、と確か急ブレーキの要因が気にかかったのだ、と彼は語る。
運転者は既に道路に飛び出している。何かが固まってまくまっていた。友人が、家の門から駆けだして、それに近寄り跪いた。
そこで知る。
何かは人であったと。人の手前で止まるべく踏みこまれたのが、ブレーキペダルで。避けるために無駄と知りながら切られたのが、ハンドルだったのだ。
冗談がキツイ。死は自然に訪れるんだと、中身と相談した直後に死亡事故か。育ち損なって小柄な自分より、なお小さい固まりに目をやった。
冗談はよせ。血にまみれているのは錯覚だろうと叫びたいが、友人も運転者も逃避を許す免罪符にはならない。
「ヒズル」
声が乾く。彼は、自分の隣で死んでいった者を知っている。そして、神崎の家は知っていた。友があの家から生まれ出でたこと。
「ヒズル」
その三つの音の間に、おそらくは手放すことができた――どうやってという手段は考えたくもない。
それ、が聖に移り、自分は放たれ、ようやくまくまったものに目をやって。
「アサカ」
その三音だけを呟いた。まだ生きていると認めて、おまえは死んでは決していない、と呟いた。
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