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【solla.txt】
Pattern1
梢の間を冴えた風が渡っていく。ひょこ、と幕から手を伸ばした先の、天を巡っていく。普段なら、そんな趣味はない。吐き気をどうにかするために、空を見あげているに過ぎなかった。
擦れて生じる高い音が、道標にぶつかりながら響いていく。提供された乗り心地の最悪さに堪えかねて、周りの箱や毛織物を殴った。と、急に狭苦しい世界がつんのめって、頭をぶつける。
「何、着いたの? 曲に和んで停まっただけ――だったりしたら、酷いわよ」
その音は淡い、淡い。小春日和でもあるまいし、どうしてこんなものが聞こえているんだ、と停まった馬車の荷台から御者席に顔を出した。
「荷物扱いの身分で、言うねぇ。ま、嬢ちゃん、文句はこいつに」
へろへろ気のない鞭使いで馬を叩いている。既にこの身は「嬢」に値する年を過ぎているのだが、白髪半々の男にしてみれば嬢なのであろう。幼く見られるのは非常に不利なので、ご遠慮願いたいのだが――聞き入れはすまい。
「馬耳東風ってご存知?」
季節は春ではないけれど、とつけ足して、歩もうとしない馬を睨めつけた。やはり非難は耳に入らないらしい。主によく似ている。
「ご存知……ご存知たぁ、嬢ちゃん、貨物から一等客席に移ったらどうだい」
「冗談。ふたり分も払えるものですか」
違いねぇ、と大声で笑うと、馬の注意がまた道程に戻った。ゆるりと動き出す。
Pattern2
梢の間を冴えた風が渡っていく。旅人よ――、そう呼びかけて過ぎていく。その言葉を聞きながら、提供された乗り心地の最悪さに堪えかねて、周りの箱や毛織物を蹴った。これだから荷馬車は。
「嬢ちゃん、見えたぜ」
御者台から声がかかった。と、急に狭苦しい世界がつんのめって、頭をぶつける。
「やっとついたの? ちゃんとギディルでしょうね?」
荷物の隙間から顔を出して、老年にさしかかりつつある男に尋ねた。この少しの間で、もう頬が痛い。さすがは氷雪の山を背負う都――ギディル。
「疑り深いな、ちゃあんと教会の都、ギディルさ」
旅人よ――自由を捨て、宿を得よ――風がまた囁く。宿とを求めて(あとで)
嬢ちゃん――声を背中で受けとめる。背負った箱と骨に響いて妙に籠った。
「嬢ちゃん嬢ちゃん、棺桶連れてどこへ行く」
連れて行くのではない。背負うのだ。それだけでも訂正しようかと思ったが、別にいいか、とそのまま歩いた。
「嬢ちゃん――!」
町を目指すだけ。無理心中のし損ないとでもみなされていない限り、他はどうでもよかった。
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